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岐阜県 飛騨古川の地酒 白真弓・やんちゃ酒『蒲酒造場』

杜氏 藤井藤雄

杜氏 藤井藤雄

杜氏 藤井藤雄

杜氏プロフィール

1947(昭和22)年、新潟県寺泊町生まれ。

地元の中学を卒業後、銘酒「八海山」の蔵元、八海醸造で7年間務め、精米や酒母づくりなど酒造りの基本を修得。その後「千代菊」の蔵元である岐阜県の千代菊酒造で4年間働く。

26歳で杜氏として独立、羽島市や大垣市の酒蔵で17年杜氏として酒造りに携わった後、1991(平成3)年に古川町の蒲酒造に招かれる。以後27年間杜氏として白真弓を手がけ、現在に至る。

新潟の銘酒の酒蔵で酒造りの基盤を修得

私の生まれ故郷、寺泊町野積は漁師の町です。漁師は冬の間の出稼ぎとして杜氏をすることが多く、野積は杜氏の町としても知られていました。

私も中学卒業後、父にいわれて、酒造りとは何かもわからない状態で八海醸造の門をたたきました。当時、八海醸造には「八海山」の酒を世に広めた有名な杜氏・高浜春男さんがいらっしゃって、同郷だった私を何かとかわいがってくれました。

2年目からは酒の酸度や味の分析を習い、酒母づくりも4年間させていただいて、ここで酒造りの基礎を身につけることができたと思います。

7年間、八海醸造で修業をした後、岐阜県羽島市の「千代菊酒造」に移り、酵母の培養係として働きました。

八海醸造修業時代

八海醸造修業時代(右写真:右側が藤井杜氏)

小さな蔵元で杜氏になることを決意

千代菊で4年間務めた後、同郷の先輩に請われるようにして揖斐川の近くにある小さな酒造場、宮脇酒造へと移りました。何でも、これまで学んできた技術を活かして、ここで杜氏として酒造りをしてほしいとのことだったのです。

この時、「よし、これからは杜氏として頑張ろう」と本格的に決意を固めたのです。

しかし、酒母造りや味の分析は習ってきていても、麹作りも酒絞りもわからないことのほうが多く、杜氏の仕事はまさに試行錯誤の連続でした。

それでも一生懸命酒造りに取り組んだ甲斐があって、おかげさまで私が作った酒は高い評価をいただくまでになったのです。

味のある酒を作り続ける

こうして懸命に酒造りを行なっていたある日、岐阜県の産業センターの方から「藤井さん、蒲酒造場に行かないか」という声をかけていただきました。

なんでも前の杜氏・青木さんがやめることになったので、その代わりに来てほしいということだったのです。蒲酒造は伝統のある酒造場でしたし、ここでぜひ自分の酒造りを行なってみたいと思い、10年間お世話になった宮脇酒造を後にして、蒲酒造で杜氏として頑張ることにしました。43歳ことです。

蒲酒造場にて

蒲酒造場にて平成19年頃

青木杜氏はこれまで軽い口当たりのいい酒を作り、品評会でも高い評価を得ていました。しかし私はここ飛騨の水を飲んだ瞬間、「味のある酒を作りたい」と思ったのです。

軟水ですっきりとした北アルプスの水。この水ならきっと、味のあるうまい酒ができるとインスピレーションが湧きました。最初は飛騨古川の居酒屋を飲み歩いて麹作りなどの研究を重ね、4年目ぐらいからようやく自分の酒の味に合わせることができてきたと思います。

酒造りはこれでよし、という終わりはありません。「味があるうまい酒」「酒だけでも充分楽しめる酒」そんな酒造りをめざして、今後も頑張っていきたいと思っています。

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